
しめこうぎょうしょ たてこうやぐら
志免鉱業所竪坑櫓
Shaft Tower of Shime Coal Mine 
DATA
建物名:志免鉱業所竪坑櫓(志免炭鉱)
設計者:猪俣昇(INOMATA Noboru)/旧日本海軍 第四海軍燃料廠長
所在地:福岡県粕屋郡志免町志免
用途:炭鉱施設
構造:鉄筋コンクリート造
竣工:1943(昭和18)年
交通:
- 車=福岡空港から約15分
- 車=九州自動車道福岡ICで降りる>国道201号線>県道35号線>県道91号線
- 鉄道=JR香椎線の酒殿駅下車、徒歩約15分
- バス=福岡空港前から(3)で志免鉄道公園下車、徒歩約5分
主力エネルギー源が石炭だった時代、九州と北海道にはいくつもの炭坑が存在しました。九州では特に福岡県大牟田市の三井三池炭鉱や長崎の
軍艦島が有名ですが、この他にも中小規模の多数の炭坑が操業していました。
福岡市周辺の粕屋炭田においては1889(明治22)年、現在の須恵町に旧海軍が第一坑を開いて採掘が始まりましたが、ここの業績は芳しくなく、1906(明治39)年に現在の志免町に開いた第五坑からが一般に志免炭坑と呼ばれています。
竪坑櫓は1943(昭和18)年、より深い地層からの採掘作業のために建設されたもので、この地下には深さ430mの竪坑があります。なお、志免炭坑の最深部は地下600mです。
志免炭坑は戦後、旧運輸省管轄を経て1949(昭和24)年からは旧国鉄の直営炭坑となり、蒸気機関車へ石炭を供給してきました。しかしエネルギー源の石油への転換に伴い、多くの炭坑とともに志免炭坑も1964(昭和39)年に操業を停止しました。閉山後、関連施設はほとんど撤去されましたが、竪坑櫓は解体が困難なため結果的に取り残されています。
※01:正式には志免鉱業所ですが一般には志免炭鉱と呼ばれていますので、他サイトの情報を探すなら「志免炭鉱」で検索した方がヒット数は多いと思います。
※02:原則として画像はカラーで、画像をクリックするとより大きなサイズの画像が別ウインドウで開きます。ですがこの建物はモノクロで見た方が味があるので、一部の画像についてはカラーとモノクロの両方を公開しています。その場合、画像自体ではなくその下の[カラー・モノクロ]の文字をクリックすると別ウインドウが開きます。
01 遠景。左の矢印が竪坑櫓を指しています。その右の山はボタ山といって石炭を採った後の土を積み上げたもので、櫓とともに志免炭坑の象徴的存在です。
02 街角からの眺め。高さ48.6mの櫓は小さな町ではとりわけよく目立ちます。後ろの山はボタ山です。
03 私は福岡の育ちなので炭坑や竪坑櫓のことは子供の頃から知っていてその存在を当たり前のように感じていましたが、改めて見るとたいへん迫力ある力強いデザインだと再認識しました。
04 かつてあった炭坑施設や引き込み線はすべて撤去されて、現在の竪坑櫓の周りは空地となっています。雑草が風に揺れる以外に動くものはない荒涼とした風景です。
05 昭和18年という戦争の真っ只中、しかも戦局が次第に悪化していった時期にこれほど巨大なものを建てたということからして、石炭産業が国家にとっていかに重要であったかが窺えます。これは
軍艦島にも言えます。それにしても山間部にある
豊後森機関庫ですら機銃掃射を受けたというのに、福岡市近郊にこれだけ目立つモノが建っていてよくまあ空爆を受けなかったものです。
06 側面。基本的には直方体のビルをそっくり持ち上げた構成で、3カ所ほど突出した部分が立面に表情を作り出しています。用途上の理由と構造上の合理性から導かれた純度100%の機能的デザイン。上部の建屋の内部には1000馬力の巻上機が設置されていたそうです。今は何もないのか、開口部からは向こう側が見えます。
07、08 真下から見上げるとさすがに息を呑む迫力があります。量塊が生み出すダイナミックな構成美、塊を高く持ち上げた点、片持ちのフロアなどにロシア構成主義に通じる雰囲気を感じるのですが、強引な解釈でしょうか。
よく見ると所々でコンクリートが剥がれ落ちて鉄筋が露出しています。貴重な近代化遺産ゆえ出来る限り保存を望みますが、最大の問題はやはり安全性でしょうね。
09、10 これをピロティと呼んでいいのかな。格子状の柱と梁が迷宮じみた様相を呈しています。ツタが全体を覆い尽くしたら全く異なる表情になるでしょう、それはそれで見てみたいですね。ただおそらく成長の限界ではないかという気がします。
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11 2006年のクリスマスに行われたライトアップの光景。
【追記】
竪坑櫓は2006年4月にそれまでの所有者であったNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から志免町に無償譲渡されました。志免町は今後、「見守り保存」という形で末永く保存する方針です。詳しくは志免立坑櫓を活かす住民の会のサイトをご参照下さい。竪坑櫓に隣接して志免町の総合福祉施設が完成し、その公園や駐車場から櫓を間近に見ることができるようになりました。
参考文献:
- 「志免町史」(志免町町史編纂委員会)
- 「全国鉱山鉄道」(岡本憲之、JTB)
関連サイト:
最終更新日:2007年4月22日
作成日:2002年12月9日
撮影時期:2002年10月、11のみ2006年12月
作成者:タケ(旧名 tks )(
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