
まえはまえんたいごうぐん
前浜掩体壕群
Maehama Hangars 
DATA
建物名:前浜掩体壕群(まえはまえんたいごうぐん)
設計者:不詳(旧日本海軍か?)
所在地:高知県南国市前浜
用途:格納庫
構造:鉄筋コンクリート造
竣工:1943(昭和18)年
交通:
- バス=土電バス大湊小学校前下車、徒歩2分
- 鉄道=JR後免駅下車、車で約10分
- 飛行機=高知空港から車で約10分
周辺地図(Mapionへのリンク)
掩体壕そのものについては
こちらをお読みください。
概要はこちらをお読みください(現地の説明板
その1、
その2、南国市教育委員会)。
前浜掩体壕群は高知空港の前身である高知海軍航空隊基地の施設として戦時中に建設されたもので、現在は7基(大型が1基と小型が6基)が残っています。見晴らしのよい場所に複数の掩体壕がまとまっていて自由に見学できるという点で、前浜掩体壕群は特に貴重な存在です。
本来の掩体壕は土で覆ってカモフラージュされるのですが、ここでは露出した生(ナマ)の姿を見ることができます。大分県宇佐市の
城井掩体壕群の表面に草木が生い茂った姿と見比べるとより興味深いでしょう。
建築マップでは他に福岡県行橋市の
稲童1号掩体壕も紹介していますのでそちらもぜひご覧ください。
01 大型掩体壕の遠景。01〜04までは大型の画像です。
02 実際、かなり大きいです。人間(矢印の先)と比べてみてください。戦時中の掩体壕は敵機に発見されにくいようにと表面は土で覆われていたそうですが、今は大型の上部にわずかに痕跡があるのみで他の小型はすべて露出しています。
03 開口部は主翼のために横に広く、中央には垂直尾翼かプロペラの接触を避けるためと思われる凹みがあります。形態と機能が完全に一致した戦闘機格納庫以外の何者でもない姿で、余計なモノは全く付いていません。「形態は機能に従う」という現代建築の有名なテーゼを本当の意味で具現化しているのは軍事施設でしょうね。
04 内部。掩体壕の所有権は南国市にありますがいずれも農地の中にあり、農作業の倉庫(というかガラクタ置場)と化しているのが実状です。地元の市民団体が公的に保存すべきだと活動しています。
個人的にはかつての軍事施設が今は倉庫に使われていたりするその対比こそが面白いんですけど。複数の掩体壕がまとまって残っているのですから、ひとつふたつは整備して残りは自然に任せるのがいいのではないでしょうか。大分県宇佐市の
城井掩体壕群がそのモデルケースです。
05,06 05以降は小型の画像。田園風景の中にカマボコ状の鉄筋コンクリート構造物が点在しています。一見すると異様な感じもしますが、周りの景色があまりにものどかで平和なので見ているうちにこれが当たり前の自然な様子に思えてきます。05の左奥の方に見えるのは高知空港の管制塔やアンテナです。
飛行場の格納庫というからには整然と並んでいると思いきや意外とバラバラに建っているんですね。旧軍基地と現空港の滑走路は別物で当時の滑走路は残っていません。
07,08 田んぼの中にぽつんとたたずむ小型掩体壕。今となってはここが軍の飛行場であったなど、ましてや特攻隊が飛び立っていったなどとは想像もつきません(※1)。しかしこの掩体壕には後に特攻機となる練習機「白菊」が納められていたのです。
※1:正確にはここで訓練を受けてから鹿児島の鹿屋基地に移動してそこから出撃した。白菊隊のうち26機52名が帰らぬ人となった。
09,10 戦時中なので施工精度はあまり高くなかろうと推測しますが、クラック(亀裂)は見あたりませんしヴォールト型は安定的な構造物なので当分は原型を留めるでしょう。
戦後かなりの年月を経てから生まれた私には、かつて日本が戦争をしたことは知識として知っているに過ぎません。しかしこの機能的でシンプルな構造物を眺めながらこれを使っていた人達を想うと、戦争の本質の一端にちょっとだけ触れることができたような気がします。
最終更新日:2004年5月18日
作成日:2002年11月10日
撮影時期:2002年9月
作成者:タケ(旧名 tks )(
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