
さわだマンション
沢田マンション
Sawada Apartment 
DATA
建物名:沢田マンション
設計者:沢田嘉農+沢田裕江
所在地:高知県高知市薊野
用途:集合住宅
構造:鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)造
施工期間:着工=1971(昭和46)年。3期工事完了=1985(昭和60)年。現在も少しずつ建設中。
JR高知駅から車で高知インター方向へ10分程度、かつては田んぼが一面に広がっていたが今ではロードサイドショップが建ち並び、しかし自然もまだ残っている地方都市の郊外、小高い山の麓にその集合住宅は建っています。
真っ白に塗られた外観や水平に力強く伸びるバルコニーからは、少々ぎこちなくもモダニズムの雰囲気を感じます。しかし地元ではデザインではなく別の意味でたいへん有名な建物です。というのも、この集合住宅はある夫婦がほとんど二人だけの力で建設したのです。建物の名前は沢田マンション、その名の通り建築主である沢田嘉農(かのう)さん・裕江(ひろえ)さん夫妻だけで設計から施工まであらゆることを手がけました。
かつて家は地域の共同体で建てたものですし、世界にはいまなおそのような暮らしを続ける地域もあります。また現代建築の分野でもセルフビルド住宅の実例はあります。しかし、世界広しといえども鉄骨鉄筋コンクリート造の集合住宅を個人で建設した例はここだけではないでしょうか。
基礎工事から鉄骨の建方、配筋、コンクリートの打ち込み、給排水衛生・電気設備工事・・・、なにもかもぜんぶ夫婦だけで成し遂げたのです。にわかには信じがたいのですが本当の話です。
追記:2003年3月、沢田嘉農さんは逝去されました。享年74歳。謹んでご冥福をお祈りします。
01 全景。小高い山と道路、小さな川に挟まれた東西に細長い敷地に建っています。規模は地上6階、地下1階で、地階と地上1階の一部は駐車場、1〜4階が賃貸住宅で5、6階は沢田さん一家の住宅という構成。白い外観に植栽の緑がよく映えています。
「沢田マンション物語」では5階建と記されていますが私が行ったときは6階にペントハウス風のものが出来ていました。このように現在も建設工事は少しずつ継続中で、将来は10階建にする計画とのこと。沢田夫妻の娘さんの家族も加わり沢田一族でこの建設事業は続いています。
屋上のクレーンは建設工事に使用したものでなんとこれも手作り。
02 前面道路からの眺め。雁行するバルコニーの水平ラインによって力強いイメージを受けます。中央の塔はリフト。
03 リフトシャフトのアップ。あくまでも資材搬入用で入居者の移動には使われていません。
04 02とは反対側からの眺め。まるでお城のよう。外観のイメージは統一感と乱雑感が危ういところで拮抗していながらも、どちらかといえば統一感が勝っている気がします。これは外壁の白(最近、塗り直したものと思われます)とバルコニー腰壁の水平ラインがかなり効いているからでしょう。
05,06 「珍日本紀行 西日本編」の写真(1997.03撮影)ではこの腰壁はスチール格子の手摺でしたから最近やりかえたのでしょう。腰壁はプラントボックス一体型で植栽が施されています。「珍日本紀行」の写真と今回私が撮影した画像を見比べると、腰壁の改修によって外観のイメージがかなり良くなっていることがわかります。
スチール格子の手摺のときは(写真を見る限り)ちょっと見劣りする印象は否めません。洗濯物が丸見えだったりして、まあそれはそれで生活感があって悪くはないのですが。
一方、改修後は水平方向に流れるようなリズムが生まれてかなりカッコ良くなりました。プラントボックスで彫りが深くなっているところがなお良いですね。06のようにラインが揃っていない部分もあるのですが、腰壁の存在感がそのちぐはぐさを打ち消して、かえってセルフビルドならではの力強さが現れています。
07 敷地のフェンスに設置されていた行政当局の掲示。実は沢田さん夫妻は一級建築士の資格を持っておらず、沢田マンションには建築基準法の規定に沿っているとは必ずしも言えない部分があります※1。
08 沢田マンションの建設が始まったのは1971(昭和46)年。個人が独断でマンション建設を始めたのですから当局が黙っているわけありませんし、過去いろんなやりとりがあったのではと推測しますが、現実に建っているからには昔は案外おおらかだったのかもしれません。ただ阪神大震災や新宿歌舞伎町のビル火災を契機に違反建築のチェックは厳しくなる傾向にあります。率直に言いまして沢田マンションは法的には不安定な存在です。
実際、「これはちょっと…」という部分にいくつか気付きました。例えば1階ピロティの駐車場。どこが問題か分かる人には分かるでしょう(この部分を法規に適合するよう改修することは可能)。
建築物の独創性と適法性のすり合わせは全ての設計者が悩む問題です。沢田マンションは非常にユニークな建築物ですので心情的にはこのままの姿で存続してほしいと思うものの、当局が厳しい姿勢をとるならある程度の改修は避けられないかもしれません。関連法規に適合させつつ沢田マンションの長所を損なわないような改修はきっと出来るはずだと思うのですが…。
※1: 工事停止命令が出た日付は私がここを訪れる直前のものであり、したがってこのページで述べている増改築が工事停止命令以降になされたわけではありません。どうか誤解がありませんようお願いします。
09,10 とは言うものの、とてもセルフビルドとは思えない出来映えです。沢田嘉農さんは子供の頃から製材の仕事をして木材に通じていたので、まず木造住宅の建て売りからスタートしました。どこかの親方に弟子入りすることなくいきなり一人で大工を始め、裕江さんと結婚してからは夫婦で住宅を建てては売りながら技術と経験を積み、そして1971年以降はマンション建設に専念しています。
私は構造は専門ではないので断言は出来ませんが、柱・梁接合部の施工精度が十分ならば地震にはけっこう耐えそうな気がします。なお基礎は岩盤に達しているとのこと。
沢田マンション(後編)へ続く