
現代建築を成り立たせる要素のひとつに機能主義があります。学校・美術館・役所・・・など用途ごとにユーザーの行動を分析すればプランは半ば決定していました。また、祈りの空間でも宗教建築ならば宗派が定める建築様式や儀式、教義がデザインの手がかりになります。ところが、この祈念館でなされる祈りという行為は極めて個人的で内省的なものです。建築計画学の視点からは行為を把握しにくいため、機能からデザインを導く従来の方法では設計は難しいと思われます。
しかし、見方を変えれば機能や前例にとらわれない設計 ※1 ができるわけで、設計者にとっては空間デザインで真っ向勝負を挑める、またとない機会でもあります。こうして純粋に空間を経験する建築が生まれました。
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これを補うための仕掛けが円形の植栽と水盤です。背の高い植栽で周囲の視界を遮断し、水盤を巡ってアプローチすることで歩行距離を稼いで、その過程で来場者の気持ちを切り替えようとしています。
水盤にはガラス製の壁のようなものがふたつ、鎮座しています。横長のモノリスといった雰囲気です。水盤をぐるりと巡ると階段に行き着きます。祈念館の空間は全て地下にあって、ここがその入口です。
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←これはパノラマ形式のQuickTime VRファイル(164KB)です。水盤の様子を一望することができます。ご覧になるにはQuickTime Playerが必要です。入手先はこちら。画面上で左右にマウスドラッグすると画像が横にスクロールします。なお、ファイルを開いた時点ではなぜか若干ズームインした状態ですので、下部のマイナスボタンをクリックしてズームアウトしてください。 |
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ところでこの空間がキリスト教会の三廊式と呼ばれる平面に似ていると気付いた人も多いでしょう。列柱や上からの光で垂直性を強調する演出はゴシック様式を思わせます。しかしながら教会建築の単なるコピーには終わっていません。本来なら建造物を構造的に支えるべき柱がここではガラスに置き換えられたことで(つまりこの柱は荷重を負担しておらず構造的には必要ない)、物質の重さや存在感が希薄になっています。コンクリート打ち放しの巨大な壁面に囲まれた地下空間に浮かぶ結晶のような柱の集合体──この現実離れした光景を見ていると、身体から精神が遊離するような、という表現が決してオーバーではないくらい研ぎ澄まされた気持ちになります。
確かに教会建築を下敷きにしているかもしれませんが、ガラスによる効果的な演出の結果、独自性のある高度に抽象的な空間が成立しています。ガラスの使い方にかけては日本では栗生明が第一人者とみて間違いないでしょう。
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そもそも、建築で平和を訴える行為がどれほど有効なのか。戦争とテロと暴力が吹き荒れる現実世界を前にすると疑問を持たざるを得ません。私は、こうした状況に設計者は美しいものを造ることで抵抗を試みたのではないかと思います。戦争が徹底的な破壊行為であるなら、その正反対である美の創造こそ建築や芸術や文化がなし得る抵抗運動でしょう。
壊されるときは一瞬ですが。
※3:例をあげると昭和館(東京都、設計:菊竹清訓)は戦争責任に関する展示内容の是非について対立がありました。また、スミソニアン博物館(アメリカ)のエノラ・ゲイ号(広島に原爆を投下したB29爆撃機)の展示が原爆の惨禍に触れていないため、被爆者団体が抗議しました。戦争関連の建築では立場の違いによる対立は不可避で、双方が納得するような展示は極めて困難であるだけに、施主には強いポリシーが必要です。
※4:ちなみに広島にも同様の祈念館があります。設計は丹下健三・都市・建築設計研究所。